ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日

(2012年 アメリカ映画 アカデミー監督賞・作曲賞・撮影賞・視覚効果賞の四部門受賞作品)

スランプに陥ったカナダ人作家(原作者ヤン・マーテル=演レイフ・スポール)がインド旅行中、カフェで隣合ったインド人から「カナダにいるインド人に会え。話を聞けば神を信じる」とアドバイスされ、帰国して当該インド人パイ・パテル(イルファン・カーン)を訪ねたところから物語は始まります。神を信じる話とは、貨物船の沈没事故からたった一人生還したパイ少年の奇跡の漂流譚でした。その前段としてパイの成長物語がつまびらかに描かれますが正直この部分が退屈(ゴメンナサイ)で、録画だったのをいいことに初見時の私はぼんやり見てしまったものですが、おそらく集中して見ていても見返さずにはいられなかっただろう伏線だらけのパートです。以下は大いにネタバレしていますので、未見の方はご注意下さい。

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多感な少年パイは動植物園を営む両親のもと、さまざまな宗教と文化が混在するインドのポンディシェリという町で暮らしている。本名はピシン(・モリトール・パテル:Piscine Molitor Patel)だが、インド公用語のひとつ英語の“おしっこ”と似た発音のため小学校でイジメに遭い、自ら「Pi:パイ」と名乗ることを決意する。パイだと認めさせるため懸命に勉強し、π:円周率を暗記し学校で披露することにも成功して教師からも一目置かれる存在となり、誰もパイをからかわなくなる。アイデアと実行力にあふれた子供だった。

さてパイの一家はヒンズー教徒(身分ちがいだった父母は宗派はちがうもよう)だが、旅先でキリスト教会を訪れたパイは神父との問答の末、キリスト教に魅了される。さらには通りかかったモスクで礼拝に招き入れられイスラム教にも興味を抱く。パイの父は祈り続けても治らなかった小児麻痺が、西洋医学により改善した経験から宗教に懐疑的だったが「三つもの神を信じるのは、何も信じていないのと同じだ」と手厳しい。優しい母親が「まだ子供なのよ。これから選び取って行けばいい」とかばう。スポーツや音楽にも親しみ、長じては可愛い恋人もできてパイは豊かな青春時代を過ごす。

そんなパイ(スラージ・シャルマ)が16歳になったとき、諸事情により一家は動植物園を畳んで新天地カナダに向かうことに。カナダのほうが高値で売れるという父の考えで、動物たちを搬入して乗り込んだ貨物船の食堂では、ベジダリアンの妻と息子たち(パイと兄)のため「ベジダリアン料理を頼む」と父が交渉するが、横柄なコック(ジェラール・ドバルデュー)は「これは菜食主義だった豚と牛さ」と肉の煮込みをぶっかけたご飯を一家に突き出すのだった。白飯だけを食べるパイたちに東洋人の船員が「僕は仏教徒だから肉も肉汁も食べるけど、肉汁は肉そのものではない、ただの味付けさ。食べればいいのに」と助け船を出すが、ベジダリアンにはありがた迷惑な提案だった。

航海がマリアナ海溝に差し掛かった夜更け、雷鳴に目覚めたパイは甲板に出て、大嵐に突入しつつある船が危険な状況だと知る。ついさっきまで自分も眠っていた船室に戻り家族を避難させようとするがすでに水没しており、船員たちは救命ボートを降ろそうと作業していた。家族を助けてくれ!と必死に頼むが、助けるからお前はボートに乗れ!と仏教徒の船員に押し出されボートに半ば転げ落ちると、件のコックが先に乗り込んでいた。そこへ恐慌を来したシマウマがデッキから飛び降りてきて、その衝撃でボートは大荒れの太平洋に放り出される。木の葉のように嵐に翻弄されるボートに向かい泳ぎ寄ってくる影は、家族かと思ったら一家が動物園で飼育していたベンガルトラのリチャード・パーカーだった。お前は来るな!パイはオールで阻もうとするが、トラは小さなボートに這い入ってしまう。大型肉食獣への恐怖から海に飛び込んだパイは、灯りをともしたままの貨物船が海中深く没していくのを目撃する。家族との永遠の別れだった。

救命ボートに乗れたのはパイと、いずれも動物園で飼育していたシマウマ、トラ、オラウータン、ハイエナの四頭だった。嵐が去ってしばらくするとハイエナがまずはひ弱な人間を狩ろうとするが、ボート上を巧みに逃げ回るパイよりも、飛び降りた際に後肢を骨折し立てなくなっていたシマウマを襲い食べ始める。怒ったオラウータンがハイエナをぶっ叩くが、反撃されオラウータンも殺される。オレンジジュースと名付けて可愛がっていたオラウータンだった。激怒したパイがハイエナを殺そうとナイフを構えた途端、帆布の影に潜んでいたトラが飛び出しハイエナをあっさり屠る。ボート上で生きているのは、パイとトラのリチャード・パーカーのみとなった。

パイは救命ボートの底に備蓄されていた缶詰の水や非常用ビスケットとともにサバイバル術の本を発見する。本を参考に真水を得る簡易装置を作成し、バケツや空いた缶詰に雨水を溜め、救命胴衣と予備のオールでイカダを作ってトラと距離を保ち、トラのためにも魚を釣る(そうしないと自身が食べられる)など、なかなか手懐けられないトラと何とか共存すべく創意工夫と努力を重ねるが、突然現れた鯨のダンスでイカダが転覆し移していたビスケットを全て失ったり、遠くに見える船に必死でSOSを送るがスルーされたりと絶望と苦難の航海は続く。大嵐に遭いそれまでの苦労を書き連ねたノート、備蓄していた魚の干物や改修を重ねたイカダを失う。イカダとともに釣り具も失ったため魚を捕れなくなり、もはやパイを襲う体力もない弱ったトラの頭部を膝に抱いたパイは、まもなく自分にも死が訪れそうなことを神に感謝するが、昏睡から覚めるとボートは小島に漂着していた。食べられる植物が生い茂り、池は真水で満たされミーアキャットが群れ遊んでいる不思議な島だった。パイは真水の池に飛び込み果物をたらふく味わって元気を取り戻す。先に上陸していたリチャード・パーカーもミーアキャットを食べまくっていた。腹一杯で眠りこけ夜更けに目覚めると島の様相がかわっており、真水だった池は魚を溶かして吸収している様子。寝床にしていた木に咲く花を分けてみると中に人の歯が入っていた。パイのような漂流者を誘き寄せて取り込む人食いの島らしかった。夜明けてパイは真水や果物、トラの食糧用にミーアキャットも生け捕りにしてボートに積み込み、島を離れる。

遭難から227日目、ボートはどこか(メキシコ)の海岸に漂着する。ボートを砂浜に運び上げたパイが力尽き倒れ込むと、トラがボートから飛び下りパイを見向きもせずジャングルに姿を消す。地元の人に救助されたパイが号泣したのは、助かった安堵からではなく、苦難を共にし心が通じたと思っていたリチャード・パーカーが振り向きもせず去ったからだった。

メキシコの病院で療養中のパイのもとに、貨物船の保険調査員が派遣されて来る。沈没の原因を突き止めたい彼らは、小さな救命ボートで野性のトラと長時間漂流したとか、ミーアキャットの棲む人食い島とかの奇想天外夢物語ではなく「誰もが信じる事実を聞かせて欲しい」と詰め寄る。するとパイは、再現ビデオを伴わない漂流Bパターンを語る。ボートに乗れたのはパイと母、コックと仏教徒の船員だった。船員は足を骨折していた。切断しないと生死に関わると主張するコックに言われるがまま、嫌がる船員をパイと母でおさえつけコックが足を切断したが結局船員は死に、切断した足はコックが食べてしまう。母が怒って抗議するとコックは母をナイフで刺して海に投じ、集まってきたサメのエサにする。翌日パイがコックを殺し「コックが船員にしたのと同じことをして、僕は生き延びた」・・・・ふたつの話を聞いた調査員は「パテル氏は奇跡の帰還を果たした。それもベンガルトラとともに」とAパターンで報告書を結ぶ。

古びた報告書のコピーを手に「ハイエナがコック、オラウータンが母、シマウマが船員、そして君はトラだね?」とたずねる作家に、「どちらの話も、船が遭難しその原因はわからず、家族を失い悲しんだ。どちらがいい?」とパイが問い返す。作家が「トラが出て来るほうが良い話だ」と答えると「そして神を信じる話でもある」とにこやかに応じるのだった。

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予告編を観て、ディズニーとかピクサーが作るような動物と人との絆を描くヒューマンアドベンチャーかと思っていた私ですが、全然ちがう(^^;)唯一の証言者が嘘つきで何がホントかわからないという食えない話で、ブログを書きながら見返すと気付いていなかった伏線や、あれはアレの寓意だったのかなという発見が山ほどある映画です。漂流中の映像は、波を作り出せる巨大タンク内で撮影し海や空の背景を合成したもので、動物も人と同時に映り込んでいる画面はほぼCGだとか。漂流時の映像があまりに綺麗でCG感丸出し過ぎ・・・・と初見時に思ったものですが、嘘ドラマの再現だからこそあえてCGっぽくしてたのだとしたら、アン・リー監督(本作でアカデミー監督賞受賞)その人こそが、相当食えないクリエイターなんだろうと思います。結果的にカニバリズムが疑われるストーリーで、パイが戒律上ベジダリアンだということを強調するエピソードが多いのも、かなり人が悪い(^^;)

にしても、シマウマって仏教徒の船員かな?見返すとシマウマが貨物船のデッキからボートに飛び降りるシーンに、船員も同時に存在しており、別人じゃないのかなと思うのです。パイの父は足が不自由だったから、シマウマは父だったんじゃないかと単純な私は思いますが、救命ボート上がパテル家の三人+コックであれば、最初にシメられるのは赤の他人のコックだろうと思うので、たぶん違うんでしょう。でもパイはコックを「知恵のある男だった」と評しているので、極限のサバイバルが続く中では杖なしでは歩けなかった父が「最初の生け贄」になった可能性が、ないとは言えず。パイの話は信用できませんが、227日も漂流して生き延びたことは書類も残っており本当だとすると、コック一人分だけでそんな長期間生きていられるほどの「食糧」になり得るものなのか、お母さんは本当にサメのエサになったのかとかの疑問が残り、誰もが動物バージョン=神を信じられるようになる話のほうを、受け入れたくなる映画なのでした。

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