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めぐり逢わせのお弁当(インド映画/主演イルファン・カーン)

2013年制作 原題Dabba 英題The Lunchbox/劇中名言「間違った電車が正しい場所に着くこともある」

インドのムンバイには、お昼前に各家庭からお弁当を集荷し、勤務先の家族に配達する「ダッバーワーラー」というデリバリー業があります。食に関する戒律が厳しい宗教が混在していて安易な外食が馴染まないのと、作りたてを食べるインドの食習慣(常夏気候なので、早朝作ったお弁当を持参し、約6時間後に食べる日本式のやり方は危険かも)から、このお弁当集配システムはコンピューターもない大昔から商売として確立していて、その誤配は1600万回に一回という脅威の正確さを誇るそうですが、その滅多にないという誤配から物語は始まります。お弁当を作ったのは夫婦関係に悩む主婦のイラ、食べたのはアカの他人の会計士サージャン(イルファン・カーン)です。以下とっかかりをおおまかに。

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サージャンは妻を亡くし生きる目標を見失った。退職を目前に控えた勤務先では、後任の人懐っこい会計士シャイクが疎ましくて仕事の引き継ぎはなおざり。帰宅するとボールが敷地に入ったから取らせてと近所の子供たちが待っていたが無視。テイクアウトの夕食を機械的に食べて眠る。無気力無感動に暮らしていた。そんなある日の職場でのランチタイム、契約している弁当屋にしては上出来な美味しいお弁当が届き、サージャンは夢中で完食する。

いっぽう夫と幼い娘と暮らす専業主婦のイラは、冷え切った夫婦仲を修復すべく上階のおばさんの助言で腕によりをかけてお弁当を作った。配達人から戻された弁当箱は舐めたようにきれいになっていたのに夫の反応は薄い。使っていないカリフラワーが「美味かった」と言われ、誤配の可能性を考えるイラだったが、翌日「きれいに食べてくれてありがとう」と手紙をしたため弁当箱に忍ばせる。手紙を読んだ夫が妻をかえりみるはずだというおばさんの知恵だったが、お弁当はまたもサージャンに届く。「今日のは塩辛かった」サージャンが弁当箱に返信を入れたことで二人の文通が始まる。

心のこもったお弁当と文通をきっかけにサージャンは人心地を取り戻し、仕事帰りに絵を見に行ったり、シャイクにも心を開き公私にわたっての付き合いを始める。イラは以前はおばさんに愚痴っていた夫への鬱屈を手紙に書くようになり、サージャンからの返事を心待ちにしていた。見ず知らずの二人の気持ちはどんどん近づき、イラは「会いましょう」と提案するのだが。。。

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「人は時々、間違った電車でも正しい場所に着く」孤児で苦労人のシャイクが何の気なしにサージャンに告げるセリフです。インド映画なのに歌もダンスもなしの静かな恋愛ドラマで、冒頭のダッバーワーラーをはじめ「インドってそうなのか」的発見がある映画でした。家庭をかえりみないイラの夫について、インド社会の急激な発展による仕事の激化のせいで誰しも余裕がないのだとサージャンがイラを慰めるやりとりがありました。本作は2013年公開で、コロナでどうなったかはわかりませんが、劇中電車もバスもつねにぎゅう詰め満員で、オフィスには大勢の人が働いていて、街中は行き交う人々と車でごった返し、どこもかしこもエネルギーが迸るようでした。若者が多いし、シャッター街なんてどこにもなさそう。町も国も人々の暮らしも爆発的に発展していた頃は日本もこんな感じだったのかなと思いました。

追悼:田中邦衛さん(八つ墓村/居酒屋兆治)

俳優の田中邦衛さんが2021年3月に亡くなりました(享年88歳)。代表作「北の国から」は連続ドラマも、その後日談として数年おきに放送された単発ドラマも楽しみに観ていました。北海道に旅した際には撮影地の富良野まで足を延ばして、撮影で使われた歴代の家や劇中に登場したお店など見物したのも良い思い出です。2002年の「北の国から 遺言」以降俳優活動は途絶え、いつしか私の心の中では「富良野のどこかで暮らしている黒板五郎」になっていた田中邦衛さんでしたが、名優は映画でも唯一無二の存在感を放っていました。

まずは「八つ墓村」(萩原健一主演/野村芳太郎監督/1977年)。何度もテレビ放送された名作なので、観たことがある方が多いと思いますが、横溝正史原作のオカルト作品で、田中邦衛は騙し討ちにあって惨殺される落ち武者を演じています。以下ネタバレしています。


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パリ、嘘つきな恋(2018年)/最強のふたり(2011年、ともにフランス映画)

監督・脚本・主演のフランク・デュボスクは、フランスでは誰もが知るコメディアンで、本作が初監督作品だそうです。お笑いの世界で成功すると映画を作ってみたくなる・・いうのは古今東西のクリエイターに共通みたいですね。

主人公ジョスランは独身主義の中年プレイボーイ。母の遺した車椅子にたまたま腰掛けていたところ、美女ジュリーに出会い障碍者だと勘違いされる。介護関連の仕事をしているというジュリーと親しむチャンスとばかり、軽薄なジョスランは障碍者のフリをするが、ある日ジュリーの姉で本当に車椅子生活をしているフロランスに引き合わされる。フロランスに一目惚れし、お互い車椅子でのデートを重ねるほどに惹かれるジョスランだったが、それにつれフロランスを欺いていることに罪悪感を抱くようになる。真実を打ち明けたらラクになるだろうが、嫌われるに決まっている。何とか彼女にフラれず打ち明ける方法はないものか・・・・悶々とするジョスランの葛藤は、やがて友人の主治医やお人好しの秘書(ジョスランは成功者で、会社社長を務めています)も巻き込み・・・・良く出来た大人のラブコメディです。

パリ中心の撮影背景が素敵。そしてフロランス役の女優さんがとても素敵でした。この作品を日本に置き換えると誰か。大の大人で綺麗で華やかで、優しそうで懐が深そうで・・となると大塚寧々さんあたり?ジョスランは吉田鋼太郎さんかなと思い付いたけど、このカップル案は「おっ○んず○ブ」で既出でした(^^;)

私がこの作品の前に観たフランス映画は「最強のふたり」で、こちらも車椅子で生活する人が登場します。障碍者の大富豪と、その介護スタッフとして雇われたスラム出身の貧しい移民青年の友情の物語は実話の映画化だとか。格差の厳しさ、貧困のやるせなさ、障碍者の絶望に触れつつも全体のイメージはお洒落という、フランス映画らしい良作です。

「最強のふたり」はハリウッドでリメイクされており(未見ですが、高評価のよう)、ネタ枯れリメイクばやりの昨今、やがては「ニューヨーク、嘘つきな恋」とかも出来そうな気がしますが、「ニキータ」と「アサシン」、あるいはshall we dance?の日米版の対比みたいなことに、ならないことを祈ってやみません。